第四回
2005年10月31日
 
 前回の訪中からの帰国後、Mr-Tと会社設立の準備をする事になりました。 手始めに、会社設立の最低出資額の14万ドル(当時 約1500万円)の準備で、Mr-Tとの以前からの約束の通り、ここでも私が6割、彼が4割という事で話が進みます。だんだんこの割合については「変だな〜・・・」と思いはしましたが、 後で900万円を彼の口座に入金し、会社設立に向けて動いて頂くこととしました。
 次に、会社の名前を決めると言うことで、かなりモメましたがなんとか名前も決まり、それで行こうと言うことになりました。
 また、空港公団の陳さんからの提示案件であった、上海浦東空港のショッピングモールの件で、私がIT会社の社長と友人であった事もあり、彼に2010年に上海万博があることも考慮した上で、このプロジェクトに参加してもらえるかと打診をしてみる事にしました。
すると彼は空港のモールであれば、興味は十分にあるとの事でしたので、プロジェクトに参加可能であることを陳さんに伝え、彼にプロジェクトの企画書を作ってもらうことになりました。 オーロラビジョンや、電子ポスターをモール内全体に貼り巡らし、広告や空港での情報をネット上でリアルタイムに配信するという最先端のIT計画でした。
 企画書が出来上がった時点で、ITの社長とMr-Tと、再度訪中することになりました。プロジェクトが成功すれば、年間5億円ほどのビックプロジェクトでしたので、私もIT社長もMr-Tも胸を躍らせて訪中したのでした。

 上海浦東空港に到着するや否や、隣接する公団のオフィスに直行し、陳さんと合流しました。 案の定、陳さんはこのプロジェクトが大変気に入り、早急に稟議にかけるという事になりました。 話は盛り上がり、そのまま夕食を食べようということになり、前回と同様に公団の職員の方々が、普段利用している食堂にあるVIP ROOMで食事をしつつお酒もたくさん飲みました。
 ホテルに帰ると金さんが待っており、チェックインの手続き等を彼が全てしてくださり、楽々部屋にたどり着けました。 荷物の整理をしていると、Mr-Tが迎えに来て、ITの社長とともに、カラオケ屋さんに行くことになりました。 (私としては、病院の方はどうなっているのかな・・・?と思いつつも、「明日話せばいいや・・・」と既に仕事をする雰囲気でもないという事もあり、そのまま飲み明かすことになりました。)

 次の日はゆっくりの起床でしたが、連絡が不便であることから、中国での携帯電話を買いに行く事になりました。金さんの先導で量販店へ行き、携帯電話を買いました。 驚いたのは、「価格の高さ」以前にも書きましたが、(上海で)月収4000元位の中国人の方が、1000元〜3000元くらいの携帯電話を持っているということでした。日本では10万円以上する携帯電話ということになりますね・・・ビックリです。 程なく携帯を手にした私は、なんとなく安心した気分になりました。Mr-Tや金さんの電話番号を教えてもらい早速入力。その後昼食を摂りました。
 昼食後、また空港まで車で約40分かけて行き、ショッピングモールの内部を見学する事になりました。ITの社長はビデオカメラ等で内部を綿密に撮影していましたが、 私のほうは病院の話はどうなっているのか心配で、Mr-Tに話しかけましたが、「ホテルに帰ってゆっくり話しをしましょう」ということだったので、このショッピングモールの話は直接関係のない話ではありましたが、付き合いで一緒に見学していました。
 すると、「ショッピングモール内に病院を作ってみたらどうか?」との陳さんの発言に、「イイネ」とMr-Tが返事をしていました。僕の判断では「無理だろうな」と思いはしましたが、 そのことには言葉を濁し笑って聞いていました。見学も終わりホテルに帰りつきましたが、いつもの通り金さんの先導で、今日は夕食に中華料理を食べに行き、そしてまた昨日と同様にカラオケ屋に行くことになりました。今日は飲みすぎでホテルに帰りつくと速攻寝ました。 (あれ?病院の話は・・・???)
 
 三日目、朝起きると、今日は金さんは仕事ということでしたので来られませんでした。Mr-Tと私とITの社長と共にホテルで食事中、ショッピングモールの話をしていました。  どういう訳か、三者間で契約する話になってまして、Mr-Tの会社が公団側と契約し、ITの社長と僕がその保障を行うという話でした。 その場では結論や合意は出来ないので日本に持ち帰って話し合うということにしました。
 話が途切れたので、「病院の話をしましょう」と僕が提案すると、「今はまだ不動産を探していて交渉中」という事だったので、仕方なく「わかりました。お任せするしかないですが、出来るだけ早く探してください」と言うことしか出来ませんでした。 結局病院の方は進展することもなく帰国することになってしまいした。
 
 帰国後、とりあえず上海の病院で働いてもらえる先生の募集をする事にし、医療ネットを通じて各部に募集をかけることになりました。するとどういうわけか、北海道の先生から応募が2件あり、面接をするために北海道まで飛ぶことになりました。
面接をした後、以前より親交のあった北海道の歯科医師会の副会長のK先生と打ち合わせをして横浜まで帰ってきました。面接をした二人の印象は余り芳しくなかったのでしたが・・・


(次回 第五回に続く)
 
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